磯崎新

先日、大分に行く機会があり、磯崎新さんの豊の国情報ライブラリーとアートプラザを見て来ました。以前から建築雑誌などで、磯崎さんの作品の写真をみるたびに、「あんまり見た目の仕上りはそっけない感じやけど、世界の一線で活躍している超有名建築家なんだよな〜」となんだかつかみ所の無い作品を作る方だと思っていました。

今回、大分で見た二作品も見た目はコンクリートの打ちっぱなしで特に感銘を受けるものではなかったのですが、中に入ったらすごく良くてびっくりしました。
何が良いのかうまくいいずらいですが、視覚を中心としてではなく、身体で空間の面白さを感じるというか、、建物の内部を移動するときになんとなく心がおどるような楽しさがある。
コンクリートのひんやりとした空間からわずかに光が漏れているのが美しい。それとも光があるからコンクリートをひんやりと感じさせて気持ちよく感じるのか、つまり、空間が生きている。空間を構成するものが、物質的ではない感じで効いている。自分で書いててもわかりにくいのですが、、

庭の設計をするときでも、視覚に頼りすぎていると思う事があります。特に図面を書いている時、そこには必然的に樹木や石材等を配置していく作業があるのだけれど、これは確実に「ここにこんな材料があったらかっこいいよな〜、ここは目隠しで木を植えたいよな〜」などと、無意識に視覚をベースにして設計している。
それが悪いという訳ではないのだけれど、、

視覚に頼らず、もっと深く人に訴えるための方法があるのではないかと、こういう空間を体験すると考えてしまう。本当に空間を生き生きとするために出来る事が。もちろん庭は図面通りに作ることはむしろ稀なのだけれど、頭の中の構想の時点から、視覚に偏らない設計をした方が良いのかも知れない、、、
今の自分にはまだもう少しわからないところがあります。