水土水利の庭

10月の前半から、慌ただしい手入れの合間を縫って作っていた庭を今日引き渡しました。
今回は、庭を作る時に、初めての試みですが明確なテーマを用意していました。
この記事のタイトル「水土水利の庭」がそれです。

今回庭を作るスペースは南向きに立つ家の真裏、北側の小さな敷地でした。玄関の周りや、リビング前に作られていた庭に対して、付けたし程度の植栽しか無い状態を見かねて、改造を依頼されました。
幅1,2m奥行き4mの敷地の中に「和の雰囲気」を楽しみたいとのことでした。風呂場の窓から見える景色と、裏戸を入った場所から見える景色、二つの場所から楽しめる庭を計画しました。
和の雰囲気と一言でいっても、十全に説明するのは難しいですが、一般的に思い浮かぶのは、灯籠や水鉢などの石造の点景物、松やモミジなどの樹木に緑の濃い常緑の低木類としっとりとした苔、などになると思います。今回はその和の典型と言えるようなものを敷地の条件に合わせてアレンジしながら盛り込めるようなものを作ろうと思いました。

お風呂場からの景色を考えるに当たって、窓から1,2mの幅をどのように広く見せるか考えた結果、あまり木を植えすぎても、将来的に必ず鬱陶しくなるので植栽は最小限にとどめ、点景物を利用する心づもりでしたが、窓の高さ(地上から約1メートル)から眺める事の出来るような灯籠や水鉢を設置しては、これまたあまりに圧迫感が強くなると思案していた所、京都の石造品を扱うお店で、「跳ね釣瓶の土台石」という珍しいものに出会いました。

跳ね釣瓶とは、現在のように水利が整備発達する以前の日本の田畑において、旱魃時の潅水装置として、野井戸が設けられている事が多かったのですが、その水汲みに使われた機械のことです。
http://agua.jpn.org/gallery/g37.html
http://www.maff.go.jp/chushi/kyoku/kankyou/kagawa2/toppage.html
上のページに説明と機械の様子がのっています。この写真では木の柱が直接地面に掘っ立ててあるようですが、家の敷地内などでは、土台に石の柱を使い、木の構造を組み足して使っている跳ね釣瓶もあったよう(http://www.kanshin.com/keyword/969615)で、今回はその土台石をオブジェ的に点景として用いる事にしました。お風呂場の窓が近く幅の狭い敷地において、灯籠や水鉢などのように幅もとらないことから、白羽の矢をたてた石造品ですが、今回はこの石に自然と「水土水利の庭」というテーマが導かれていきました。

前置きが長くなりました。
奈良盆地においても戦後から取り組まれた吉野川分水(津風呂ダムなど)が開発される以前は水不足に陥る事が多く、跳ね釣瓶が林立する景色が普通に見られたそうです。いつかは忘れられてしまうとしても、ふとこの庭を見た時に昔を思うようなことがあれば良いなと考え、このようなテーマを用意したのでした。

お施主様にはこの案を提案した時には少し驚かせてしまったかと気にしていたのですが、引き渡し時にはこういった庭の遊びにも納得していただけたようで、とても嬉しく感じました。信頼して任せていただけたことにただ感謝のみです。


[改修前の様子]

ナンテンサザンカ等の常緑樹が数本植わっている状態でした。

[改造後]

裏戸を開けてすぐ右に見える


ダムの堰を見立てる


柵を大きく越える木を植える事で空間に広がりが出る

水は堰を通り人の作る水路を流れて行く

お風呂の窓から。石に穿たれた穴を利用して木の柱を継ぎ、跳ね釣瓶の横木を通していたようだ。ありきたりの灯籠よりよほど良い表情だと思う。

湯船に浸かりながら見上げるとモミジがあって、空もある。

雨が降れば奥の雨樋を伝いささやかな流れが生まれる